2008年3月11日、秋田大学の佐藤涼教授は、一ノ目潟の湖面に浮かぶ小型調査艇の上で、採泥プローブの振動を手のひらに感じていた。男鹿半島のマールは、火山が大爆発を起こしてできた丸い傷跡である。山体を積み上げる噴火ではない。地下で水とマグマが触れ、地面そのものが抜け落ちる。だから底の泥は、湖の記憶であると同時に、土地が沈黙した瞬間の記録でもあった。
佐藤涼が一ノ目潟を選んだのは、学術的な必然だけではなかった。湖底堆積物には、火山灰、植物片、豪雨の痕跡、人間が火を焚いた微かな炭化物までが層になって残る。そこを掘れば、男鹿という土地がいつ何を見てきたかがわかる。だが、彼が研究室の机に置いていた古い聞き書き帳には、科学の言葉では片づかない記録もあった。
『湖の底には、目を閉じた鉄の鬼がいる』
民俗学者だった亡父が残した一文である。佐藤は笑ってその頁を閉じたことがある。笑わなければ、研究者でいられなくなる気がしたからだった。
プローブの先が何かに触れた。金属音ではなかった。泥の中から返ってきたのは、低く、丸い、腹の奥を撫でるような振動だった。ソナー画像がゆっくり組み上がる。泥の下に、直径120メートルを超える整いすぎた円があった。自然物ではない。船舶でもない。現代のどんな沈没物にも似ていない。
調査艇には院生の小野寺紗季も乗っていた。紗季は機械の扱いに強く、佐藤が古い伝承へ踏み込みすぎるたびに、無言で観測値の表を差し出す癖があった。その日も彼女は、風速、湖面温度、底層の酸素濃度を淡々と読み上げた。だが採泥管が止まった瞬間、彼女の声も止まった。計器が壊れたのではない。計器の数値が、あまりに整っていた。自然界のノイズは、いつもどこか乱れる。その乱れがないこと自体が、不自然だった。
佐藤が息を呑んだのは、それが何かに似ていたからではなかった。自然物としては整いすぎた外殻、円周に沿う規則的な溝、触れた瞬間に走った冷たい青い反応光。そのすべてが、土地の外から来たものへの古い畏れを呼び起こした。
湖面は静かだった。春先の秋田の水はまだ冬の色を残し、山の陰は黒く、風だけが生き物のように艇の側面を撫でていた。佐藤はソナー画面に浮かぶ円を見つめながら、研究者としての興奮と、土地の禁忌を破った者としての恐怖が同じ量で胸に上がってくるのを感じた。発見とは、光を当てることではない。光を当てられたものが、こちらを見返してくる瞬間でもある。彼はそのことを、画面の淡い青の輪郭に見つめ返されながら理解した。