第11章 三沢の鳥瞰

米軍三沢基地の作戦室では、夜が青かった。壁一面のモニターに、白神山地周辺の熱源画像、航空管制記録、輸送ヘリの航跡、地磁気ノイズの波形が並ぶ。レベッカ・ショウ中佐は、コーヒーが冷めるのも忘れて画面を見ていた。

「説明不能というより、説明したくない誰かがいる、です」

ショウ中佐は、数字に感情を入れない人間だった。だからこそ、数字が感情を持ったように振る舞う瞬間に敏感だった。白神周辺の熱源は、工場としては小さすぎ、研究施設としては深すぎ、軍事施設としては静かすぎた。静かすぎるものは、隠れているのではなく、隠されることに慣れている。彼女はそう判断した。報告書の最初の行に、彼女は『自然由来と説明するには、周期性が高すぎる』と書いた。

マイケル・J・ハルバースン大佐は坂口正武を知っていた。東京での防衛協議の後、2人で安い焼き鳥屋に行ったこともある。坂口は危険な男だが、嘘をつく時にも国を背負っていた。そこが厄介だった。個人の悪意なら切れる。同盟国の恐怖は、そう簡単には切れない。

ハルバースン大佐は、日本語の冗談を少しだけ知っていた。坂口正武と焼き鳥屋で飲んだ夜、彼は

「国家は酔うと本音を言うのか」

と尋ねた。坂口は笑い、

「国家は酔わない。酔うのは、国家のふりをしている人間だけだ」

と答えた。その時の笑顔を、ハルバースンは覚えている。だからこそ、白神のデータを前にした彼は迷った。友人が怪物を作るはずがない。だが、怪物を恐れる友人が、怪物を管理しようとする可能性はあった。

「日本側に正式照会を出す」

ショウが言った。

「待て」

「待てば、データは消えます」

「出せば、同盟が傷つく」

ショウは振り返った。

「同盟は、秘密を共有する関係ですか。それとも、相手が世界を終わらせる鞄を作っていても黙る関係ですか」

ハルバースンは答えなかった。友人として坂口を信じたかった。大佐としては、信じてはならなかった。

ショウ中佐は、ハルバースンの迷いを軽蔑してはいなかった。むしろ、迷いを持つ上官だからこそ信頼していた。迷わない者は、危険を単純化する。だが迷い続けるだけの者もまた、判断を誰かへ押しつける。彼女はその中間を探していた。白神の波形を前にして、彼女は軍人である前に分析官だった。データは怒らない。だが、データを無視されたとき、最も冷たい復讐をする。現実という形で。

三沢基地の分析班は、日本側の正式な協力無しに得られる範囲の情報を積み上げた。貨物便の夜間発着、白神周辺の一時的な通信遮断、大館能代空港の特殊車両、田代試験場の電力使用量。どれも単独では説明可能だった。だが、単独で説明可能なものが同じ週に重なると、説明ではなく隠蔽の輪郭になる。ショウはその輪郭を地図に重ね、青いピンで結んだ。線は、一ノ目潟と白神と田代を結んでいた。

ショウはその線を見て、しばらく保存ボタンを押せなかった。保存した瞬間、それは仮説ではなく記録になる。記録になれば、誰かが消そうとする。消そうとされる記録は、もう政治の一部である。彼女は迷った末、通常の分析フォルダではなく、災害時バックアップ用の暗号領域へ複製を置いた。規則から外れている。だが、規則が現実を追い越せないとき、分析官は現実の側に記録を残すしかない。

 

2013年6月以降、三沢周辺ではオスプレイの訓練飛行ルート、通称ピンクルートが現実の空域として意識されるようになっていた。分析班はその通常の飛行計画に紛れ込む形で、白神周辺の低空移動と熱源の変化を読み取った。訓練名目なら説明はつく。だが説明がつくことと、真実であることは違う。ショウはピンクの線で示された飛行経路の余白に、別の青い線を引いた。青い線は、公式の空を外れ、田代と白神の間を何度も往復していた。

坂口との非公式回線で、ハルバースンは言った。

「正武。君の山が、夜になると星みたいに熱い」

「詩人になったのか」

「情報将校が心配している」

「レベッカ・ショウ中佐か。優秀な人だ」

「優秀すぎて困る。何を隠している」

沈黙のあと、坂口は答えた。

「日本が独自に持っているべきものだ」

その声は友人ではなく、国家の声だった。

三沢基地側は二層になった。ハルバースンは友情で迷い、ショウは分析で迷わない。だが、最後に人間の直感を信じるのはショウの方だった。白神からのノイズ波形が心電図のように跳ねたとき、彼女は呟いた。

「生きているみたい」

誰も笑わなかった。

ハルバースンが坂口に送った非公式メッセージは、短かった。

「山が鳴っている。私は友人として心配している」

返事はなかなか来なかった。数時間後、坂口から届いたのは、

「まだ人間の手の内にある」

という一文だけだった。ハルバースンはその文を何度も読み返した。まだ、という副詞が恐ろしかった。人間の手の内にあるものは、いつか人間の手から滑り落ちることを、彼は戦場の資料で何度も見てきた。

「これは日本の主権の問題でもある」

とハルバースンは言った。ショウは即座に答えた。

「主権は、物理法則を免除しません」

部屋の空気が硬くなった。彼女は謝らなかった。若い分析官たちは息を詰めたが、ハルバースンはむしろ笑いそうになった。正しい。あまりに正しい。だが同盟とは、正しさだけでは動かない。彼は自分が政治の側へ引っ張られていることを知り、同時に、ショウが科学の側から世界を見ていることを羨ましく思った。

ハルバースンは、坂口へ強硬な照会を出す代わりに、非公式の警告を選んだ。それが正しいかどうかはわからない。だが友人を公の場で追い詰めれば、日本側は防衛本能でさらに閉じる。閉じた扉の奥で何が起きるか、誰にも見えなくなる。彼は政治的な判断をした。ショウはそれを不満に思いながらも、別ルートでデータ保存を進めた。二人は対立しているのではない。別々の方法で、同じ扉が完全に閉じないよう支えていた。

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