反物質Ⅱ

反物質Ⅱ 第3章 冬の産声

2018年12月1日、男鹿には早い雪が降っていた。海から来る風は、家々の屋根に薄く積もった白をすぐに払い落とし、戸賀湾の水面を灰色にざわめかせていた。深山慎一は病院へ向かう車のハンドルを握りながら、自分の呼吸が浅くなっていることに気づいてい...
反物質Ⅱ

反物質Ⅱ 第2章 朴瑞妍の爪

退院から三週間が過ぎると、ソウルの空は急に高くなった。朝の空気は乾き、歩道の端には銀杏の匂いが混じり始めていた。崔明珠は抱っこ紐の中の志遠を片手で支えながら、病院へ向かう道をゆっくり歩いた。帝王切開の傷はまだ時々うずいたが、タクシーばかり使...
反物質Ⅱ

反物質Ⅱ 第1章 ソウルの胎動

2018年8月25日、崔明珠は分娩台ではなく手術室にいた。ソウルの夏は、まだ終わっていなかった。病院の高い窓の外では、午後の光が白く膨らみ、街路樹の葉を乾いた緑に見せていた。けれど手術室の中には季節がなかった。空調の冷たい音、金属製の器具が...
反物質Ⅱ

反物質Ⅱ 序章 呼ばれぬ名

二つの名は、互いを知らないまま生まれた。一つはソウルの白い手術室で、泣き声を上げないまま取り上げられた。崔志遠。遠くへ志す者。母はその名に、逃げ延びてほしいという祈りを隠した。誰にも奪われず、誰の記録にも正しく載らず、遠くまで生きてほしい。...
独り言

【挿絵と登場人物】

序章から終章までAIに全部読み込ませて、登場人物と場面の絵を適当に作らせてみた。中には大外れもあったが、大体期待通りか。登場人物の相関図でも作らせるかな。人物にはクセがあるな。ベースはあまりバリエーションが無いのだろう。もう少しキワドい絵も...
反物質

終章 夜航の胎動

時間は、白神の封印より少し前へ戻る。2018年3月上旬、羽田空港の国際線ターミナルは、夜になっても明るかった。出発案内の表示にはソウル行きの最終便が並び、ガラスの向こうでは滑走路の灯が雨に滲んでいた。崔明珠は搭乗口へ向かう途中で足を止め、洗...
反物質

第15章 戻る場所

白神のあと、茜は秋田市内の病院へ運ばれた。肩の弾は骨を避けていた。出血は多かったが、命に別状はないと医師は言った。慎一が最初に聞いたのは、茜の命のことではなかった。腹の子は、と口にしてから、自分を殴りたくなった。茜はまだ手術室の中にいる。な...
反物質

第14章 眠れ、青い火

白神地下施設の最深部では、湖底宇宙船から切り出された外殻材が、携行型神籠の中枢へ組み込まれようとしていた。外殻材は、船の皮膚であると同時に、神経でもあった。ただの装甲ではなく、船内の装置へ信号を伝える古い制御回路でもあった。博之は、この神経...
反物質

第13章 鞄の中の終末

反物質兵器の最終形は、誰もが想像するようなミサイルではなかった。巨大な発射台も、潜水艦も、戦略爆撃機も必要としない。官邸側の視線を受け止めた森山斉昭専務の前で、坂口博之場長が会議室の中央に置いたのは、黒いアタッシュケースだった。その手つきを...
反物質

第12章 胎動する鍵

2018年3月下旬、茜が慎一に妊娠を告げたのは、東京ではなかった。男鹿半島の戸賀湾の水族館に近い海岸で、冬の波が岩を叩く午後だった。慎一は言葉を失った。驚きより先に、恐怖が来た。自分の血が何であるかわからない。その血が、茜の中で次の命になっ...